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年中行事と蕎麦

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【 1月 1日 祝いそば】
年越しそばの風習とは別に、元旦早々にそばを食べる。
これはおめでたい日にそばを食べるという風習から発したもの。

【 1月16日 御正忌そば】
そばと縁が深かった親鸞上人の命日に本願寺の法主がそばを食べる儀式。

【 2月 4日 節分そば】
立春から年が明けるといわれていて、この日にはそばを食べて身を清めました。立春は旧暦なので新暦では年ごとに違いますがだいたい2月4日ごろになります。立春の前日の節分は大寒の最終日、冬から春への節目の日です。江戸時代には、大晦日ではなく節分に本当の年越し(立春で年が改まる)という考え方で節分に食べるそばを年越しそばと呼んでいました。

【 2月 8日 八日そば】
12月8日、1月8日に行うところもあり、そばで鬼を追い払います。

【 3月 3日 雛そば】
江戸中期、庶民の間ではしきたりとして、3月4日の雛納めの日にそばを供えてから雛壇を崩し、雛人形に一年の別れを言って、みんなでそばを食べて雛飾りの道具を元の箱にしまいました。

「嬉遊笑覧」第六下、雛流しの条より
今江戸の俗に、ひなを取りさむる時、蕎麦を供ふ、
何れの頃よりよるに、いと近きことをなるべし、
こは長き物の延ぶるなど云ふことを祝ふ心に取りたるなるべし。

【 3月21日 彼岸そば】
季節の変わり目は体調を崩しやすいので、特に体に気をつけようということから春と秋のお彼岸には消化の良いうどん、そばで胃腸を整え、体調を万全にする習慣が「彼岸そば」です。繊維質やミネラル分が多く含まれるそばが「五臓六腑の汚れを清める」・「蕎麦を食べて体を清め、先祖を迎える」という言い伝えにつながりました。

【 5月26日 そば祖神】
養老6年(722)年、元正天皇がそばの栽培を奨励した日。

【 7月 7日 乾麺デー】
七夕の日に素麺を天の川にみたてて食べる風習があったことから。

【 8月13日~ 荷縄そば】
孟蘭盆とは、先祖の霊を迎えて供養する仏教行事で梵語のUllambanaの音写。(精霊会・魂祭・盆)旧暦7月13日~16日の行事。日程は地方によってばらつきがあり、新暦7月13日に移行するところ・月遅れの8月13日~16日に行うところがあります。仏様はそばで供物を背負うと信じられ、盆の時期にそばを打つ習慣があります。

【 8月16日 大文字そば】
御所では大文字焼きの夜には女官以下、下働き迄そばが振舞われた。

【 9月23日 彼岸そば】
季節の変わり目は体調を崩しやすいので、特に体に気をつけようということから春と秋のお彼岸には消化の良いうどん・そばで胃腸を整え、体調を万全にする習慣が「彼岸そば」です。繊維質やミネラル分が多く含まれるそばが「五臓六腑の汚れを清める」・「蕎麦を食べて体を清め、先祖を迎える」という言い伝えにつながりました。

【10月 7日 山の神祭り】
秋の収穫をそばを食べて祝う。日にちは場所により違う。

【10月17日 沖縄そば】
沖縄そばは、沖縄で食べられている麺のことです。沖縄では「すば」と呼ばれます。「そば」ながら蕎麦粉は使用されず100%小麦麺で、うどんの一種。風味と食感はラーメンとうどんとの中間のようで、麺の太さもうどんとラーメンの中間のような感じです。
1978年10月17日に全国生めん類公正取引協議会へ特殊名称としての「本場沖縄そば」を登録したことにより、10月17日は「沖縄そばの日」とされています。

【10月20日 恵比寿講そば】
恵比寿様は商家では、「商売繁盛の神」として祀られ旧暦の正月と10月20日に行われた恵比寿講では、大黒天とともに祭壇を飾り設け、知人・親戚などを招いて祝宴が開く習慣がありました。大阪では、正月10日に行われたので「十日夷」と言い、夷神社へ初詣をしてから宴を行いました。そのときには、店の全員でそばを食べる習慣がありました。

【11月 3日 ちゃんぽん】
ちゃんぽんは中華料理をベースとした長崎県長崎市の郷土料理。
豚肉、魚介類、野菜などの具材をラードで炒め、豚骨と鶏がらでとったスープを加えて味を調えます。そこにちゃんぽん用の中華麺を入れて煮立てる、具沢山の麺料理です。
ちゃんぽんという名称は、福建語の挨拶説「吃飯」」「吃飯了」(「食事はしたか?」)。
福建語の「混ぜる」を意味する語とする説(北京語chan)。
ポルトガル語・オランダ語の「混ぜる」を意味する「チャンポン」という動詞から説。
があります。

【11月11日・毎月11日 めんの日】
1999年に全国製麺卸協同組合連合会の提唱で毎月11日と11月11日は「めんの日」となりました。11月11日の1を並べると、1111。これを麺でイメージして、つなぐと・・・・になります。また麺を食べる姿の「つるつる(鶴)、かめかめ(亀)」で、「細く、長く、末永いお付き合い」・「長寿」の意味合いを持たせています。
1が並ぶ11月11日は大変縁起の良い「めんの日」なのです。

【11月23日 祝いそば】
弘法大師にまつわる行事。この日、朝は芋、昼はそば、夜は小豆粥を食べる。

【11月中旬~早乙女振る舞い】
新潟、青森では秋の収穫が終わると娘がそばを打って若者を招いた。

【12月22日 冬至そば】
岡山、福島の一部ではこの日にそばを食べる風習がある。

【12月28日 媒払いそば】
江戸城の大奥では媒払いの後、奥女中はそばの振る舞いにあずかった。

【12月31日 年越しそば】
江戸時代中期には、毎月の月末に蕎麦を食べる風習がありました。
特に12月の晦日は、大晦日と言って、一年の締めくくりの日としてその年の賃金を集めに歩いたり、商売も夜通しで行っておりました。「長く幸に、そばからかきこみ」と言った縁起を担いで夜食に蕎麦を食べたそうです。他の由来としては、「蕎麦のように細長く達者に暮らせることを願った。」・「蕎麦が切れやすいことから、一年の苦労を切り捨て翌年に持ち越さないよう願った。」・「金細工職人が作業場に散った金粉を蕎麦粉の団子で集めたことにちなみ、金運を願った。」など諸説があります。

《年越し蕎麦の期限諸説》
「運蕎麦説」
鎌倉時代、博多承天寺で年末年を越せない町人に「世直し蕎麦」と称して蕎麦餅を振る舞った。翌年から町人達に運が向いて来たので毎年の慣わしとした。

「三 稜 説」
室町時代、関東の三長者の一人増渕民部が毎年大晦日に無病息災を祈って家人と共に蕎麦がきを食べたもの。

「形 状 説」
蕎麦切りは細く長く伸びることから、家運を延ばし・寿命を延ばし・身代を永続させたいという思いの縁起担ぎ。

「形状説2」
蕎麦は切れやすいことから、一年の苦労を切り捨て翌年に持ち越さないよう願った。


【庚申の日 庚申そば】
60日ごとに回ってくる庚申の夜に、清めと眠気覚ましにそばを食べた。

【毎月末 晦日そば】
年越しそばと同じような縁起かつぎをして江戸の商家は毎月晦日にそばを食した。

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